「鬼さん?」
わたしと目が合うと、鬼さんは少し目を見開いた。
「これは驚いた。俺が見えるのか」
「はい」
わたしは首を縦に振った。不思議なものは見慣れているから、額に角があるくらいでは驚かない。
「大人が言うには、わたしは霊感が強いんだそうです。だから、不思議なものをよく見かけます」
「子どもの時分は特にそうだろうな。以前はここへ、お前のような人間が来ることもあった。……まあ、遥か昔の話だが」
鬼さんは表情がほとんど変わらないから、考えていることが読みにくい。
「今は来ないんですか?」
「ああ。最近は誰も来なくなった。お前は久しぶりの客だ」
鬼さんは、わたしの顔を覗き込みながら尋ねた。
「さて、お前は俺に何を願う」
鬼さんの言葉に、ごくりと唾を飲み込む。鬼さんに直接言うとなると、改めて緊張してきた。今更ながら、大変なことを鬼さんに頼もうとしている気がする。
でも。それでも。
「お爺ちゃんの病気を治してほしいんです」
わたしは、そのためにここへ来たのだから。
「鬼さんのことは、お爺ちゃんから聞いて知っていました。裏山には、お爺ちゃんが知る中で、一番優しい鬼がいるって。どうしても辛いことがあった時は、本殿の裏側に行ってごらんって」
鬼さんは、目を細めて静かに聞いていた。
「先に言っておく。俺に病を快癒させる力はない」
「……」
「ただ、症状を軽くしてやるくらいはできる」
「!」
わたしは、俯きかけていた顔を上げた。
「お願いします!」
「……はあ、わかった」
鬼さんが、ゆっくりと立ち上がる。正面に立った鬼さんを見上げると、わたしより頭二つ分くらい大きいことがわかった。
「お前、神木の前に何か置いていただろう。あれを持ってこい」
「はい!」
わたしは、すぐさま走って行ってお菓子の袋を掴み、また鬼さんのところへ戻った。お菓子の袋を鬼さんに手渡す。
「持ってきました。どうぞ」
「ああ」
「今から食べるんですか? これ、わたしのおすすめのお菓子ですよ」
「違う」
じろりと睨まれてしまった。食べるわけではないらしい。
「この菓子を神饌とし、神力へと変換する。そして、その神力をもって、お前の祖父自身の治癒力を高めるんだ」
「しんせんって何ですか?」
わたしは首を傾げた。
「……神への供え物のことだな。基本は、米や酒、季節の旬ものなどを供えることが多い。今回のように菓子を持ってくる者もいる。……さっさと終わらせるぞ」
そう言うと、鬼さんは目を閉じた。
鬼さんは、右手でお菓子の袋を持っている。その手を中心にして、淡い光が周囲を照らし始めた。泣き出したくなるほど温かい、安心する光だった。
光が感じられなくなった頃には、お菓子の袋は消えていた。
「これで、大なり小なり、お前の祖父に変化があっただろう」
「本当に……ありがとうございました!」
わたしは頭を下げた。これで、少しでもお爺ちゃんの体調が良くなったら嬉しい。ほっと息をついた。自然と視界が滲んでくる。
「先程も言ったが、治癒力を高めただけだ。快癒するかどうかは本人次第。後のことは知らん」
「それでも十分です」
わたしは手の甲で目元を拭った後、震える声で言った。
「……用が済んだなら、さっさと帰れ」
「また来ます。今度は、お礼を持ってきますね」
「いらん」
鬼さんは鼻で笑ったけれど、お礼は大切だって教わったし、わたし自身もそう思う。
だから、また、ここに来よう。
優しい鬼さんに会いに。