第2話 鬼さんとの出会い

「鬼さん?」

 わたしと目が合うと、鬼さんは少し目を見開いた。

「これは驚いた。俺が見えるのか」

「はい」

 わたしは首を縦に振った。不思議なものは見慣れているから、額に角があるくらいでは驚かない。

「大人が言うには、わたしは霊感が強いんだそうです。だから、不思議なものをよく見かけます」

「子どもの時分は特にそうだろうな。以前はここへ、お前のような人間が来ることもあった。……まあ、遥か昔の話だが」

 鬼さんは表情がほとんど変わらないから、考えていることが読みにくい。

「今は来ないんですか?」

「ああ。最近は誰も来なくなった。お前は久しぶりの客だ」

 鬼さんは、わたしの顔を覗き込みながら尋ねた。

「さて、お前は俺に何を願う」

 鬼さんの言葉に、ごくりと唾を飲み込む。鬼さんに直接言うとなると、改めて緊張してきた。今更ながら、大変なことを鬼さんに頼もうとしている気がする。

 でも。それでも。

「お爺ちゃんの病気を治してほしいんです」

 わたしは、そのためにここへ来たのだから。

「鬼さんのことは、お爺ちゃんから聞いて知っていました。裏山には、お爺ちゃんが知る中で、一番優しい鬼がいるって。どうしても辛いことがあった時は、本殿の裏側に行ってごらんって」

 鬼さんは、目を細めて静かに聞いていた。

「先に言っておく。俺に病を快癒させる力はない」

「……」

「ただ、症状を軽くしてやるくらいはできる」

「!」

 わたしは、俯きかけていた顔を上げた。

「お願いします!」

「……はあ、わかった」

 鬼さんが、ゆっくりと立ち上がる。正面に立った鬼さんを見上げると、わたしより頭二つ分くらい大きいことがわかった。

「お前、神木の前に何か置いていただろう。あれを持ってこい」

「はい!」

 わたしは、すぐさま走って行ってお菓子の袋を掴み、また鬼さんのところへ戻った。お菓子の袋を鬼さんに手渡す。

「持ってきました。どうぞ」

「ああ」

「今から食べるんですか? これ、わたしのおすすめのお菓子ですよ」

「違う」

 じろりと睨まれてしまった。食べるわけではないらしい。

「この菓子を神饌しんせんとし、神力へと変換する。そして、その神力をもって、お前の祖父自身の治癒力を高めるんだ」

「しんせんって何ですか?」

 わたしは首を傾げた。

「……神への供え物のことだな。基本は、米や酒、季節の旬ものなどを供えることが多い。今回のように菓子を持ってくる者もいる。……さっさと終わらせるぞ」

 そう言うと、鬼さんは目を閉じた。

 鬼さんは、右手でお菓子の袋を持っている。その手を中心にして、淡い光が周囲を照らし始めた。泣き出したくなるほど温かい、安心する光だった。

 光が感じられなくなった頃には、お菓子の袋は消えていた。

「これで、大なり小なり、お前の祖父に変化があっただろう」

「本当に……ありがとうございました!」

 わたしは頭を下げた。これで、少しでもお爺ちゃんの体調が良くなったら嬉しい。ほっと息をついた。自然と視界が滲んでくる。

「先程も言ったが、治癒力を高めただけだ。快癒するかどうかは本人次第。後のことは知らん」

「それでも十分です」

 わたしは手の甲で目元を拭った後、震える声で言った。

「……用が済んだなら、さっさと帰れ」

「また来ます。今度は、お礼を持ってきますね」

「いらん」

 鬼さんは鼻で笑ったけれど、お礼は大切だって教わったし、わたし自身もそう思う。

 だから、また、ここに来よう。

 優しい鬼さんに会いに。