「あの方と何かあったのかい?」
お爺ちゃんの言葉に目をぱちくりさせる。
ここはお爺ちゃんの部屋。
障子から入ってくる日の光は淡く室内を照らす。角度によっては、お爺ちゃんの白髪が銀色にも見えた。
わたしが鬼さんと初めて会った日。
お爺ちゃんは身体が軽くなるのを感じたらしい。なんとか手術を乗り越えた。
激しい運動をしなければ、日常生活には問題ないくらいに回復している。
今は障子を開け放した庭に向かって、二人並んで紅葉を眺めていた。
「どうしてわかったの?」
「そりゃあ、最近のちいちゃんは鬼さんのことばかり話していたからなあ。今日は一度も話題に出てこない。何かあったんだろうと思うさ」
わたしは項垂れながら答えた。
「この前、鬼さんを怒らしてしまったの」
「ほう」
「……あのね」
お爺ちゃんは「うん、うん」と相槌を打ちながら、わたしの話を聞いてくれる。
鬼さんの険しい表情が何度も頭に浮かんできて、そのたびに落ち込んだ。
帰路に着いたところまで話して口を閉じる。
「なるほどなあ」
「……」
「ごめんなさい、は伝えたんだろう?」
「うん」
「ほかに何を悩んでいるんだい?」
鬼さんに嫌われちゃったかもしれない。そう思うと怖い。
数日経ってもあの場所に行けないくらいに。
それに。
「わたし、鬼さんのこと、ほとんど知らないんだなって」
触れたら熱が出る理由も、鬼さんを元気にする方法も、何一つわからない。
そのことに気づいて、とても気持ちが沈んだ。
しゅんとしているわたしを見て、お爺ちゃんは何か考えていた。そして、一つ頷く。
「ふむ、それなら多少は手伝えるかもしれない」
「え?」
お爺ちゃんは柔らかい笑みを浮かべていた。
「知らないなら、知ればいい。一緒に考えよう」
◇
改めて、向かい合わせに座り直す。
「さて。ちいちゃんは、うちの神社で祀っている神様が誰か、知っているかい?」
「うん。鬼さんだよね」
「そのとおり。よく気づいたねえ」
うちの神社は、病気を癒すご利益があるとされている。鬼さんの力を聞いた時にぴんときた。
「でも、うちの神社の神様が鬼さんだって、みんな知らないよ」
「うん。そこが少しややこしいところだな」
神様に角があるなんて、お父さんたちから聞いた話にはなかった。
「あの方はなあ。昔は人間だったんだ」
そこから、お爺ちゃんは長い長い話をしてくれた。
昔、この辺りの村で病気が流行った時にひとばしら(意味を尋ねても教えてくれなかった)となったのが、人間だった頃の鬼さんらしい。
村のためにつらいことを引き受けてくれたその人を、神様として祀ったのがわたしのご先祖様。
だから、うちの神社の神様は、人間の姿で伝わっている。
角が生えたのは神様になった後なんだって。
「神様というのは、人々のイメージに左右されることがあるらしい。ここからは推測になるが、病気を鬼として考えていた時代に、別の伝承の影響を受けてしまったんだろう」
いよいよ話が難しくなってきた。ついていけるかな。
「昔はね、病気などの目に見えないものを鬼と呼んでいたんだ。後の時代になると鬼に形が与えられるようになった。元々、恐ろしいものを指す言葉であった影響で、妖怪のことも鬼と呼んでいたようだ」
「ふむふむ」
「神様としてのあの方がどうやって人を癒しているのか、ほとんどの人は知り得ない。ある日、誰かがこう言ったとする。『神様は人々の病を自分が代わりに引き受けることで快癒をもたらすのだ』と」
「ふむ」
「すると、さっきの病気イコール鬼というイメージの出番だ。あの方は神様として人を癒す性質と、病気を内包する性質つまりは鬼の性質を併せ持つことになる。地方によっては鬼を善的に捉える例もあるし、神様との親和性も悪くない」
「……ふむ」
「昔も霊感が強い人がいて、あの方が鬼の性質を使うところを見たのかもしれないね。それで裏山に棲む鬼の伝承が残り、現在の姿が定着した。その力は、かなり絶妙なバランスで保たれているんだろう。寝ている、つまり意識がない時に触れた相手を不調にするのも……おや」
わたしの様子が目に入ったお爺ちゃんは、苦笑した。
「すまん、すまん。つい熱が入ってしまった」
「……後半の話、ほとんどわからなかった」
「ああ、ちいちゃんの眉が八の字に」
その後、わたしにもわかるように説明し直してくれた。