第6話 こわくない

 はんかち、ティッシュ、飲み物、お菓子……。

「よし」 

 いつもより重くなったリュックを背負い、玄関に向かう。

 外に出て数歩進んだところで振り返った。決意を胸に、小さく呟く。

「行ってきます」

    ◇

 そっと大木に忍び寄る。

 幹の側面に体をぴたっとくっつけて、顔を半分だけ出す。

「あれ?」

 いつもの場所に鬼さんがいない。

 どこかに出かけてるのかな。

 そう思い、緊張が解けた瞬間。

「来たのか」

「わっ!」

 後ろから声をかけられて、飛び上がるくらい驚いた。慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは。

「鬼さん」

「……もう来ないものと思っていた」

 相変わらず表情がわかりづらいけれど、最後に会った時より元気そう。

 緊張か、嬉しさか、自分でもわからない。涙が出そうになるのをぐっと我慢する。

 きちんと向き直り、鬼さんの目を正面から見つめた。

 口を閉じたり、開いたり。声を出すまでに少し時間がかかる。

「あの……この前はごめんなさい」

「……」

「お爺ちゃんから鬼さんの昔のこととか力のこととか、いろいろ聞きました」

 鬼さんの眉がぴくりと動く。

「同じ失敗はしませんっ。だから……これからもここに来ていいですか?」

「……」

 無言の時間が怖い。

 実際には数分足らずの時間が、永遠のように感じる。手のひらが汗ばんだ。

 鬼さんがゆっくりと口を開く。

「好きにしろ」

「!」

「怒っているわけでもない」

 そう言うと、わたしの横を通りすぎて、いつもの場所に座った。

「……ありがとうございます!」

 心底ほっとした。久しぶりに笑えている気がする。

 すぐさま鬼さんの側に駆け寄った。

 わたしも座らせてもらおう。

「では、さっそく」

「おい」

「?」

「当たり前のように膝に乗ろうとするな」

 その言葉に動きを止め、はっと息を飲む。

「やっぱり、忠告を守れない子は嫌になっちゃいましたか?」

「違う。……嫌になるならお前のほうだろう。この前も倒れたばかりだ」

「嫌ならここに来てないです」

 鬼さんは何を気にしてるんだろう。わたしは首を傾げた。

 目の前の深刻そうな顔を観察する。

「祖父から話を聞いたのだろう。俺のことが恐ろしくないのか」

 草木の間を通り抜けた風が二人の頬を撫でていく。

 わたしは背負っていたリュックを下ろして大木近くの地面に置いた。

 鬼さんの膝によじ登り、横向きに座る。戸惑っている雰囲気を無視して、胸に寄りかかった。

 うん。やっぱり。

「恐くないです。鬼さんですから」

「……そうか」

「そうです」

 恐いどころか、安心するくらいだ。

 鬼さんの着物の合わせ部分をきゅっと握る。

「何で恐がると思ったんですか?」

「今までの人間はほとんどそうだった。友好的だった者も、自分に害があると知れば悲鳴を上げて逃げていく」

 そんな話を聞いたら、わたしが頬を膨らますのも仕方ないと思う。

「失礼な人たちです」

「……ああ」

 鬼さんの口端が微かに笑うように動いた。

    ◇

 そうだ、預かってきた物があるんだった。

 喜んでくれるといいな。

 リュックからはみ出していた瓶の首部分を掴んで取り出す。

「これ、どうぞ」

「酒か」

「お爺ちゃんからです。しんせんがあれば、鬼さん元気になるだろうって」

「……」

「あと、いつも孫がお世話になってますって言ってました」

「……貰おう」