第7話 大木の上から

 桜の花びらがひらひらと舞う。

 顔を下に向ければ、町のあちこちでピンク色の絨毯が作られている今日この頃。

    ◇

 今日は鬼さんが大木の上のほうに連れてきてくれた。

 片腕で抱えられて、枝のところまでひとっ飛び。

 鬼さんに支えてもらいながら自分の足で立つ。枝が大きいから意外に安定感があった。

 裏山の森を見ると、緑の中にこんもりとしたピンク色がちらほら見える。

 鬼さんに声をかけられて、体ごと振り返った。

「ふわあ」

 そこからは、町がひと目で見渡せた。

 空は青く、山との境目がくっきりと見える。大きな道に沿って、淡いピンク色の波が続いていた。

 一番近くにあるのが神社で、あ、あそこは学校だ。グラウンドが見える。お店が並んでいる通りはわかりやすいな。

 夢中で眺めていると、横から鬼さんの静かな声が降ってきた。

「たまにここに来て、人の暮らしを眺めている。自分の役目を確認する意味も兼ねてな」

 鬼さんの言葉にはっと顔を上げる。

「……お前も気に入ったか?」

「はいっ」

 鬼さんと出会わなければ一生見れなかった光景だ。

 何より、鬼さんのお気に入りの場所を教えてくれたのが嬉しい。きっと、今のわたしの目はきらきらしていると思う。

 わたしは鬼さんに、家や学校、お店での面白かった出来事を話した。一つ一つ指さしながらの説明に、時々相槌を打ってくれる。

「四角い箱が増えたと思っていたが、あの中に人がいるとは。時代の変化にはいつも驚かされる」

「?」

「以前、ほとんどの人間は俺を恐れて逃げると話したのは覚えているか」

「はい」

 思い出しただけで顔のパーツが真ん中に集まる。鬼さんに親指の腹で眉間をぐりぐりされた。

「……まれに恐怖より好奇心が勝る者もいた。そいつらが訪ねてくる間は人の暮らしの話が聞ける。退屈がまぎれて良かった」

「……」

「だが、それも一時。歳を重ねて俺の姿が見えなくなるか、そいつが命尽きるか。最後は皆いなくなる」

「ずっと寂しかったですか?」

 遠くを見ていた鬼さんは、しばらく考えてから口を開いた。

「昔はそんな感情もあったように思うが……どうかな。長い月日の中で、様々なものを取りこぼしてきた」

 こちらをちらりと見てから、ふっと笑う。

「まあ、お前と過ごす時間は悪くない」

 穏やかな表情に、胸がきゅっとする。

 最近ずっと考えていたことが自然と口から出た。

「わたし、鬼さんとずっと一緒にいたいです」

 鬼さんが目を見開いた。

 しかし、すぐにいつもの無表情に戻る。諭すような口調で言われた。

「方法はあるが、止めておけ。生き物が不老不死になるのは歪なことだ。理から外れる」

「それでもかまいませんっ」

「祖父、両親、弟妹、すべての人間を見送ることになるぞ」

「それは……」

 みんなと離れるのは寂しい。

 でも、鬼さんとお別れするのはもっと嫌。

 ……鬼さんはそうじゃないのかな。

 だんだん悲しくなってきて、涙がぽろぽろこぼれてくる。

 泣いたら駄目だ。鬼さんを困らせちゃう。

 涙を止めようと、必死に手の甲で拭う。その手を大きな手が包んだ。

「……お前、今いくつだ」

「な、七歳です」

「幼いな」

 鬼さんはとても複雑な表情をしている。年齢を聞いてどうするんだろう。

「……十年だ」

「……え?」

「十年たっても今の想いが変わらなければ、方法を教える」

「本当ですかっ?」

「嘘は言わん」

 鬼さんが溜息をついた。

「しっかりと見定めろ。お前自身のこと、周囲のこと、すべて考慮してな」

 鬼さんの言葉に、わたしは力いっぱい頷いた。