桜の花びらがひらひらと舞う。
顔を下に向ければ、町のあちこちでピンク色の絨毯が作られている今日この頃。
◇
今日は鬼さんが大木の上のほうに連れてきてくれた。
片腕で抱えられて、枝のところまでひとっ飛び。
鬼さんに支えてもらいながら自分の足で立つ。枝が大きいから意外に安定感があった。
裏山の森を見ると、緑の中にこんもりとしたピンク色がちらほら見える。
鬼さんに声をかけられて、体ごと振り返った。
「ふわあ」
そこからは、町がひと目で見渡せた。
空は青く、山との境目がくっきりと見える。大きな道に沿って、淡いピンク色の波が続いていた。
一番近くにあるのが神社で、あ、あそこは学校だ。グラウンドが見える。お店が並んでいる通りはわかりやすいな。
夢中で眺めていると、横から鬼さんの静かな声が降ってきた。
「たまにここに来て、人の暮らしを眺めている。自分の役目を確認する意味も兼ねてな」
鬼さんの言葉にはっと顔を上げる。
「……お前も気に入ったか?」
「はいっ」
鬼さんと出会わなければ一生見れなかった光景だ。
何より、鬼さんのお気に入りの場所を教えてくれたのが嬉しい。きっと、今のわたしの目はきらきらしていると思う。
わたしは鬼さんに、家や学校、お店での面白かった出来事を話した。一つ一つ指さしながらの説明に、時々相槌を打ってくれる。
「四角い箱が増えたと思っていたが、あの中に人がいるとは。時代の変化にはいつも驚かされる」
「?」
「以前、ほとんどの人間は俺を恐れて逃げると話したのは覚えているか」
「はい」
思い出しただけで顔のパーツが真ん中に集まる。鬼さんに親指の腹で眉間をぐりぐりされた。
「……まれに恐怖より好奇心が勝る者もいた。そいつらが訪ねてくる間は人の暮らしの話が聞ける。退屈がまぎれて良かった」
「……」
「だが、それも一時。歳を重ねて俺の姿が見えなくなるか、そいつが命尽きるか。最後は皆いなくなる」
「ずっと寂しかったですか?」
遠くを見ていた鬼さんは、しばらく考えてから口を開いた。
「昔はそんな感情もあったように思うが……どうかな。長い月日の中で、様々なものを取りこぼしてきた」
こちらをちらりと見てから、ふっと笑う。
「まあ、お前と過ごす時間は悪くない」
穏やかな表情に、胸がきゅっとする。
最近ずっと考えていたことが自然と口から出た。
「わたし、鬼さんとずっと一緒にいたいです」
鬼さんが目を見開いた。
しかし、すぐにいつもの無表情に戻る。諭すような口調で言われた。
「方法はあるが、止めておけ。生き物が不老不死になるのは歪なことだ。理から外れる」
「それでもかまいませんっ」
「祖父、両親、弟妹、すべての人間を見送ることになるぞ」
「それは……」
みんなと離れるのは寂しい。
でも、鬼さんとお別れするのはもっと嫌。
……鬼さんはそうじゃないのかな。
だんだん悲しくなってきて、涙がぽろぽろこぼれてくる。
泣いたら駄目だ。鬼さんを困らせちゃう。
涙を止めようと、必死に手の甲で拭う。その手を大きな手が包んだ。
「……お前、今いくつだ」
「な、七歳です」
「幼いな」
鬼さんはとても葛藤しているように見える。年齢を聞いてどうするんだろう。
「……十年だ」
「……え?」
「十年たっても今の想いが変わらなければ、方法を教える」
「本当ですかっ?」
「嘘は言わん」
鬼さんが溜息をついた。
「しっかりと見定めろ。お前自身のこと、周囲のこと、すべて考慮してな」
鬼さんの言葉に、わたしは力いっぱい頷いた。