涙が止まると気持ちも落ち着いてくる。
改めて考えて、十年って長い。
そう鬼さんに伝えると「誤魔化されなかったか」という目で見られた。
一年近く鬼さんを見てきたのだ。無表情に見えてもわたしにはわかる。
今いる場所が枝の上でなければ足をじたばた動かして抗議しているところだ。
涙目でむくれるわたしを見て、鬼さんのほうが折れた。
「……わかった。では、縁を強くしておく」
「縁、ですか?」
「真名には言霊が宿る。互いの名を知れば、自ずと縁ができる」
「そういえば、名前を言ってなかったですね」
二人で話すときは問題なかったから、今まで気にしてなかった。 鬼さんはわざと言ってなかったのか。
「俺の名は 」
鬼さんの本当の名前。いつか名前の由来も教えてくれるかな。
頭に染み込むよう、一呼吸置く。
今度はわたしの番だ。
「わたしは 千代 」
やわらかな春風が二人の間に流れた。髪を抑えながら、周囲を見上げる。
裏山の森から舞い流れてきたのだろう桜の花びらが、日光で透けてきれいだった。背景の青空と合わさって、その白さが一層際立っている。
花びらが舞う中、鬼さんが確かめるように頷いた。
「これで縁ができたんですか?」
「ああ」
「実感がないです」
「そんなものだ」
鬼さんの名前は秘密だから、普段は今まで通り呼ぶことになった。
わたしにとって、十年はとても長い。
それまでにしっかりと考える。楽しい思い出もいっぱい作ろう。
決意を新たにしていると、鬼さんがしみじみとわたしの顔を覗き込んでいるのに気づいた。
「それにしても、お前の名前が千代とはな」
わたしは得意げな笑みで返した。
「少なくとも千年は一緒にいる予定です」
鬼さんがゆっくりと微笑む。瞳の金色が優しく揺れた。
「まあ、期待しないで待っておこう」