担任の先生が台風に備えるよう注意喚起している。
わたしはその声をぼんやりと聞いていた。
帰りの会が終わると、途端に周囲がざわざわし始める。みんなに挨拶をしながら、すぐに帰路についた。
いつもの道を一人で歩く。
学校に友達がいないわけじゃない。特別親しい人もいないけれど。
話題についていけないからなあ。
流行に疎くて、みんなの会話に置いていかれること数知れず。
思わず溜息が出てしまう。
不思議なものが見えることは、家族と鬼さんしか知らない。見たものを一緒に楽しめるのは、その中でも二人だけだ。
みんなと鬼さんの話ができたらいいのに。
鬼さんのことを考えると自然と口が綻ぶ。
今日は何をして遊ぼうかな。
九月も半ば、街路樹が少しずつ葉っぱを落とし始めていた。
◇
時折、遠くで雷の音がする。
窓ガラスに叩きつける大粒の雨を見て心配になった。
「……鬼さんは大丈夫かな」
鬼さんと出会ってから、こんなに天気が悪い日は初めてだ。
連日の雨で、もう何日も会えていない。
◇
台風が過ぎ去った翌日の午後。
木の葉から落ちてくる滴が肩を濡らす。拭う時間も惜しい。
まだ乾ききっていない地面を一歩一歩踏み締めて歩く。
鬼さんは大木の裏側に座っていた。大雨が降ったのに、鬼さんの周囲だけ濡れた様子がない。
きっといつもの見えない力を使っていたんだろう。変わりない姿にほっと息をつく。
目を閉じていて、近づいても反応がない。顔を覗き込むと、静かな息遣いを感じた。
鬼さんが寝ている!
わたしは目を丸くした。寝ているところは、今まで一度も見たことがなかった。
起こすのは悪いよね。……隣に座るくらいならいいかな。
久しぶりに会えたから、浮かれていたんだろう。わたしは鬼さんの忠告を忘れていた。
大きな肩に寄りかかる。
急激に体温が変化するのを感じながら、わたしの意識はなくなった。
◇
隣に小さな温もりを感じ、意識が浮上する。
ああ、あいつか。
温もりの正体に思い及ぶと同時に飛び起きた。ぐらりと倒れそうになった少女の身体を支える。
「ちっ……やはり」
少女は酷く発熱していた。小さな身体では負担も大きいだろう。このまま放置すれば悪化するのは目に見えている。
こちらを振り返る安心しきった笑顔を思い出す。
「……」
額に滲む汗を拭ってやる。
それでも、少女の苦しげな表情は変わらない。
鬼は腹を決めた。
◇
ゆっくりと重たい瞼を開ける。
一番最初に目に入ったのは、険しい目つきでこちらを見下ろす鬼さん。
少しだけ顔を動かして周囲を見回す。
地面が近い。どうやらリュックを枕にして横になっているようだ。
大木の間から射し込む日差しによって、葉っぱの上の滴がきらきらと輝いている。
そうだ……鬼さんを訪ねて……
ぼんやりと思い出していると、聞いたことがないくらい低い声が上から降ってきた。
「俺は前に言ったな。寝ている時は触れるなと」
思わず首を竦める。
「……ごめんなさい」
「先程まで、お前は高熱に侵されてた。……歩けるようになったら、今日はもう帰れ」
よく見たら、鬼さんは肩で息をしていた。
「でも」
「帰れ」
「……はい」
しばらくして、意識がはっきりしてきたので立ち上がる。これくらいなら歩けそうだ。
ちらりと鬼さんのほうを見る。
視線がぶつかり、無言で見つめ合う。しばらくして、鬼さんは顔を背けた。
諦めて、とぼとぼと歩き出す。
いつもと同じ道なのに長く感じる。
せっかく久しぶりに会えたのに。自分のせいで大切な時間を台無しにしてしまった。
……鬼さん、少しつらそうだったな。
あの優しい鬼さんが怒るなんて、よっぽどしてはいけないことだったんだ。